【接骨院開業の厳しい現実】なぜ儲からないのか

柔道整復師

はじめに

接骨院の開業を夢見る柔道整復師は多いものの、実際の経営は想像以上に厳しい現実が待ち受けています。

2000年代以降、柔道整復師の養成学校が急増し、毎年約1万人もの新規資格取得者が生まれる中、開業後の経営難に直面するケースが増えています。

実際、開業から3年以内に経営が行き詰まるケースは全体の約30%にも上るとされており、その背景には様々な要因が存在します。

本記事では、なぜ接骨院経営が思うように利益を生まないのか、その要因を深く掘り下げると共に、経営改善のための具体的な方策について解説していきます。

1. 接骨院開業の現状と経営の実態

開業にかかる実際のコスト

接骨院の開業には、想像以上の初期投資が必要となります。

一般的な開業資金は、物件の立地や規模にもよりますが、最低でも800万円から1,200万円程度が必要とされています。

この内訳は、内装工事費が300万円から500万円、医療機器・設備費が200万円から300万円、保証金・敷金が100万円から200万円、さらに運転資金として最低3ヶ月分の200万円程度が必要となります。

これらの投資を回収するためには、月々の収支を慎重に管理していく必要があります。

市場環境の変化

近年の接骨院業界は、かつてない厳しい競争環境に置かれています。

柔道整復師の増加に伴い、街のあちこちに接骨院が開院され、特に都市部では数百メートルおきに接骨院が存在するような状況も珍しくありません。

2023年の統計によると、人口10万人当たりの接骨院数は全国平均で約25院にまで増加しており、この過当競争により、新規開業院の経営は開始直後から困難に直面することが少なくありません。

さらに、各院の施術内容や提供サービスが類似していることから、差別化が極めて困難な状況にあります。

結果として価格競争に陥りやすく、収益性を圧迫する要因となっています。

独自性を打ち出そうにも、保険診療の制約がある中では、大きな差別化を図ることは容易ではありません。

収益構造における問題点

接骨院の収益構造には、根本的な課題が存在します。

その中心となるのが、健康保険制度による制約です。

保険適用となる施術では、料金の上限が定められており、例えば初検料は1,500円、再検料は1,000円といった具合に、自由な価格設定ができません。

さらに近年、レセプト審査が厳格化され、以前より保険適用の範囲が限定的になってきています。

一般的な接骨院の月間収支を見てみると、収入が平均で150万円から200万円程度に対し、固定費として人件費が40万円から60万円、家賃が15万円から25万円、その他の経費(水道光熱費、消耗品費、広告宣伝費など)が20万円から30万円程度必要となります。

結果として、院長の収入を確保した上での純利益の確保は非常に困難な状況となっているのです。

患者確保の難しさと競合との差別化

新規患者の獲得も、年々困難になってきています。

インターネット広告の費用は高騰の一途をたどり、効果的な集客を行うためには相当の広告予算が必要となります。

例えば、Google広告やSNS広告での患者獲得単価は、都市部では1人あたり5,000円から10,000円程度までに上昇しており、広告費用の回収にも時間がかかるようになっています。

また、既存の患者についても、長期的な通院を避ける傾向が強まっています。

症状が改善すれば通院を終了する患者が増え、継続的な収益確保が難しくなっているのです。

さらに、患者の施術に対する目が厳しくなり、効果を実感できない場合はすぐに他院に流れてしまう傾向も強まっています。

2. 経営改善のための具体的なアプローチ

専門性の確立による差別化

このような厳しい環境を乗り越えるためには、まず自院の専門性を確立することが重要です。 例えば、スポーツ障害に特化した施術や、高齢者向けの特別なケアプログラムの開発など、特定の分野に焦点を当てることで、他院との差別化を図ることができます。

実際に成功している接骨院の例を見ると、地域のスポーツチームと提携し、選手のケアを専門的に行うことで評判を確立したケースなどがあります。

また、産後の骨盤矯正を扱う院も多く見られますが、この分野については科学的なエビデンスが十分でない部分も多く、慎重なアプローチが必要です。

特に効果の個人差が大きく、過度な施術は逆効果となる可能性もあることから、患者の状態を十分に見極めた上での適切な施術と説明が求められます。

このような専門性の確立には、追加の設備投資や継続的な研修が必要となりますが、長期的な視点では必要不可欠な投資といえます。

効果的な運営システムの構築

経営の効率化には、適切な運営システムの構築が欠かせません。

予約管理、カルテ管理、レセプト管理などを一元化できるクリニック管理システムの導入は、業務効率の向上に大きく貢献します。

初期投資は必要となりますが、人件費の削減や業務時間の短縮による経費削減効果は大きく、導入後1年程度で投資回収が可能とされています。

また、スタッフの教育システムの確立も重要です。

技術面での研修はもちろん、接遇教育や保険制度の理解など、総合的な能力向上を図ることで、患者満足度の向上につながります。

定期的な研修会の開催や、外部セミナーへの参加支援なども、長期的な視点では必要な投資となります。

自費診療メニューの開発と展開

保険診療だけでなく、自費診療メニューの充実も重要な戦略です。

例えば、美容整体コースを設定し、60分で8,000円から12,000円程度の料金設定とすることで、保険診療よりも高い収益を見込むことができます。

また、予防医学的なアプローチとして、姿勢改善プログラムや運動指導なども、継続的な収益源として期待できます。

成功している接骨院では、自費診療と保険診療の比率を6:4程度に設定し、安定した経営基盤を築いているケースも多く見られます。

自費診療メニューの開発には、市場調査やプログラム開発など、一定の準備期間が必要となりますが、長期的な経営安定化のために重要な投資といえます。

患者満足度の向上による安定経営

経営の安定化には、患者満足度の向上が欠かせません。

これは単に施術の質を高めるだけでなく、患者とのコミュニケーションを充実させることが重要です。

初診時には30分程度の時間を確保し、症状や生活習慣について詳しくヒアリングを行い、治療計画を丁寧に説明することで、信頼関係を構築することができます。

また、施術後のフォローアップも重要です。

例えば、LINEやメールでの経過確認、自宅でできるストレッチや運動の動画提供など、デジタルツールを活用した継続的なサポートを提供することで、患者の満足度を高めることができます。

これらの取り組みは、直接的な収益にはつながりにくいものの、口コミによる新規患者の獲得や、既存患者の継続的な来院につながる重要な要素となります。

3. デジタル化時代における新たな展開

オンラインサービスの導入

コロナ禍を経て、接骨院業界でもデジタル化の波が加速しています。

オンラインでのカウンセリングや運動指導など、従来の対面施術に加えて、新たなサービス形態を取り入れることで、患者の利便性を高めることができます。

例えば、月額制のオンラインケアプログラムを提供し、定期的な収入源として確立している院も出てきています。

地域連携の強化

地域の医療機関や介護施設との連携も、重要な戦略となります。

医療機関からの紹介患者の受け入れや、介護施設への訪問施術の提供など、地域における役割を確立することで、安定的な患者確保につながります。

このような連携体制の構築には時間がかかりますが、長期的な経営基盤の確立に大きく寄与します。

4. AI技術がもたらす接骨院経営の革新

AI技術の導入による業務革新

最新のAI技術は、接骨院の経営と施術の両面で大きな変革をもたらすことが期待されています。

特に注目を集めているのが、AI姿勢分析などのシステムの開発です。

高精度なカメラとAIを組み合わせることで、従来の目視による評価では難しかった姿勢の定量的評価が可能となり、より客観的な施術評価が実現できると考えられています。

このシステムが実用化されれば、患者の改善度を視覚的に示すことができ、より説得力のある施術計画の立案が可能となるでしょう。

また、AIを活用した問診システムの導入も進んでいます。

従来の問診では見落としがちだった症状や生活習慣の相関関係を、AIが詳細に分析することで、より正確な治療効果の予測が可能となりました。

これにより、個々の患者に最適化された施術プランの提案ができるようになっています。

さらに、日々の施術データの管理と分析においても、AIの活用が進んでいます。

施術効果の統計的分析や患者の継続率予測、さらには経営指標の自動分析など、データに基づいた経営判断が可能となっています。

これらの情報は、施術の質の向上だけでなく、経営戦略の立案にも活用されています。

AI時代に求められる柔道整復師像

AI技術の発展により、柔道整復師に求められる能力も大きく変化してきています。

まず重要となるのが、テクノロジーリテラシーの向上です。

AI技術の基本的な理解やデータ分析結果の解釈能力、さらにはデジタルツールを効果的に活用する能力が、これからの柔道整復師には不可欠となっています。

同時に、より高度なコミュニケーション能力も求められています。

AI分析の結果を患者に分かりやすく説明する能力や、機械では代替できない共感力、そして患者の不安や懸念に対して丁寧に対応する能力が、これまで以上に重要となっています。

AIが提供する客観的なデータを、患者の状態や理解度に合わせて適切に説明できることが、治療効果の向上につながっているのです。

さらに、継続的な学習姿勢もこれまで以上に重要となっています。

AI技術は日々進化しており、その最新動向を把握し、実践に活かしていく必要があります。

同時に、エビデンスに基づく施術技術の向上や医学的知識の更新など、従来からの専門性の向上も欠かせません。

AIはあくまでも施術をサポートするツールであり、最終的な判断と施術は柔道整復師の専門性に委ねられているからです。

このように、AI技術の導入は接骨院経営に大きな可能性をもたらしていますが、それを効果的に活用するためには、柔道整復師自身の能力向上と意識改革が不可欠です。

テクノロジーと人間性の両面を高いレベルで両立できる柔道整復師が、これからの時代には求められているのです。

5. 将来を見据えた経営戦略

予防医学への注力

今後の接骨院経営において重要となるのが、予防医学的なアプローチです。

健康寿命の延伸が社会的な課題となる中、予防を目的とした施術や指導の需要は確実に高まっていくと予想されます。

定期的な健康チェックプログラムや、企業向けの健康管理支援サービスなど、新たな市場開拓の可能性は広がっています。

多角的な事業展開

接骨院単独での経営だけでなく、関連事業への展開も検討に値します。

例えば、トレーニングジムの併設や、健康食品・サプリメントの販売など、複数の収益源を確保することで、経営の安定化を図ることができます。

ただし、これらの事業展開には十分な市場調査と準備が必要となります。

まとめ

接骨院経営の成功には、従来の施術中心のビジネスモデルからの脱却が必要です。

専門性の確立、収益構造の改善、そして何より患者満足度の向上を通じて、持続可能な経営基盤を構築することが重要です。

また、変化する医療環境や患者ニーズに柔軟に対応し、新たなサービス展開や経営の多角化を検討することも、今後の成長には不可欠です。

開業前の綿密な準備と、開業後の継続的な経営改善努力によって、厳しい競争環境下でも成功する接骨院経営は十分に可能なのです。

重要なのは、目の前の収益だけを追い求めるのではなく、地域社会における接骨院の役割を理解し、その価値を最大限に高めていく視点を持つことです。

そして、患者一人一人に真摯に向き合い、質の高い施術とサービスを提供し続けることが、結果として経営の安定化につながっていくのです。

Goshi Tsuboi

Writer : Goshi Tsuboi

柔道整復師からWebエンジニア・マーケターへ異業種転職。
現在はIT企業でWebディレクターとして活動中。
様々なプロダクトのWeb領域を担当。